1942年、第二次大戦中の中立国スイスの首都ベルン。フランス大使館主催の豪華絢爛なパーティーで、ひとり遠くを見つめる外交官ジュリアン・ロシェル。シャンパンの泡沫に誘われて、ある女のことを思い出す。かつて、狂ったように愛した女のことを ―。
ダニエル・シュミット監督作の日本での初劇場公開作として脚光を浴び、その後の『ラ・パロマ」(74)公開等に連なる熱狂的なシュミット・ブームの口火を切ったのが、この『ヘカテ』です。ひとたびその優美な肌触りに触れたら、独占したくなるシュミットの世界。その秘密の扉を開いた名作が完全修復され、流麗な姿でスクリーンに甦ります。
外交官であり、亡命先のスイスでココ・シャネルの伝記を執筆した、戦間期の文壇の寵児ポール・モランの小説「ヘカテの犬たち」を下敷きに、ギリシャ神話の異形の女神へカテの物語を翻案、「恋」という人類最大の病にして謎の極限を軽やかに描き切り、永遠のきらめきを放つ至高のメロドラマに仕立てあげました。
ダニエル・シュミット監督作の日本での初劇場公開作として脚光を浴び、その後の『ラ・パロマ」(74)公開等に連なる熱狂的なシュミット・ブームの口火を切ったのが、この『ヘカテ』です。ひとたびその優美な肌触りに触れたら、独占したくなるシュミットの世界。その秘密の扉を開いた名作が完全修復され、流麗な姿でスクリーンに甦ります。
外交官であり、亡命先のスイスでココ・シャネルの伝記を執筆した、戦間期の文壇の寵児ポール・モランの小説「ヘカテの犬たち」を下敷きに、ギリシャ神話の異形の女神へカテの物語を翻案、「恋」という人類最大の病にして謎の極限を軽やかに描き切り、永遠のきらめきを放つ至高のメロドラマに仕立てあげました。
恋の果てにあるのは死だと平然と言い放つ、謎めいたアメリカ人妻クロチルド役は、2018年に史上最年長の73歳で米「ヴォーグ」誌の表紙を飾ったことも記憶に新しい、生涯現役のスーパー・モデルにして女優のローレン・ハットン。男たちを愛犬のように可愛がり、自分の虜になって堕落してゆく男たちに優しく微笑む...。快楽は共有するが、他者からの理解をひとかけらも必要としない、最強のファム・ファタールをその蠱惑的な演技で魅せます。
愛憎に溺れてゆく若く美しい外交官役は、フランスの二枚目俳優ベルナール・ジロドー。「クリスチャン・ディオール」が本作のためにデザインした白いリネンのスーツに身を包み、赴任先の植民地、北アフリカの地で、灼熱の砂漠や魔窟のような娼館、行く先は闇に包まれる現地人の街をさまよいます。
支配欲に苛まれ、嫉妬に身悶えする男の姿をあくまで耽美的に捉えたシュミットの美学は、現代にあってなお、より鮮烈に私たちに迫ってくることでしょう。
画面から蜜が滴り落ちるほど艶やかな色彩で、シュミットと伴走するカメラは、ゴダールやルイ・マル、シャブロル、リヴェット、ロメールなどのヌーヴェル・ヴァーグの作家たちの諸作を手がけてきた名匠レナート・ベルタ。R・W・ファスビンダーの『ローラ』や『第三世代』も手掛けた美術監督ラウール・ヒメネスが、無国籍でエキゾチックな空間を作りあげ、マルグリット・デュラスとのタッグで知られるカルロス・ダレッシオの音楽が、夢のような酩酊へと誘います。
愛憎に溺れてゆく若く美しい外交官役は、フランスの二枚目俳優ベルナール・ジロドー。「クリスチャン・ディオール」が本作のためにデザインした白いリネンのスーツに身を包み、赴任先の植民地、北アフリカの地で、灼熱の砂漠や魔窟のような娼館、行く先は闇に包まれる現地人の街をさまよいます。
支配欲に苛まれ、嫉妬に身悶えする男の姿をあくまで耽美的に捉えたシュミットの美学は、現代にあってなお、より鮮烈に私たちに迫ってくることでしょう。
画面から蜜が滴り落ちるほど艶やかな色彩で、シュミットと伴走するカメラは、ゴダールやルイ・マル、シャブロル、リヴェット、ロメールなどのヌーヴェル・ヴァーグの作家たちの諸作を手がけてきた名匠レナート・ベルタ。R・W・ファスビンダーの『ローラ』や『第三世代』も手掛けた美術監督ラウール・ヒメネスが、無国籍でエキゾチックな空間を作りあげ、マルグリット・デュラスとのタッグで知られるカルロス・ダレッシオの音楽が、夢のような酩酊へと誘います。
求めあう男女が
とりわけ大きな悦びを享受するのは、
素肌で交わることにもまして、
ラフなドレスをまとったままの女を、
衣服を脱ごうともしない男が
背後から抱擁することによってである。
それにふさわしい
懐古的なワルツのリズムと、
二階の欄干という宙吊りの空間とを
二人に提供することで、
ダニエル・シュミットは、
もっとも心に浸みる忘れがたいラブシーンを
映画の歴史に刻みつけてみせた。
この場面、必見である。
とりわけ大きな悦びを享受するのは、
素肌で交わることにもまして、
ラフなドレスをまとったままの女を、
衣服を脱ごうともしない男が
背後から抱擁することによってである。
それにふさわしい
懐古的なワルツのリズムと、
二階の欄干という宙吊りの空間とを
二人に提供することで、
ダニエル・シュミットは、
もっとも心に浸みる忘れがたいラブシーンを
映画の歴史に刻みつけてみせた。
この場面、必見である。
− 蓮實重彦(映画評論家)